音 の あ る 風 景 
〜描かれた青雲寮〜

かつて、イラストや漫画として描かれ、今も残っている青雲寮の姿があります。
これらは勿論、イメージの中の産物であり、正確な資料にはなり得ませんが、 当時の青雲寮やブラバンの雰囲気をニュアンスとして伝えることは、 ある程度できると考え、掲載させていただきます。

昭和55年〜昭和57年にかけて、青雲寮の壁に連載された「がんばれ!ささべくん」の中に、 青雲寮の姿もチラホラと見つけることが出来る。
トロンボーンの部屋は、主に練習や合奏のスペースであった他の部屋に比べ、 妙に落ち着くため(もちろん練習スペースでもあったのだが・・・) 皆がウダウダとたむろしがちであった。 練習時間終了後も、個人練習や写譜、読書や井戸端会議など過ごした時間は多く、 壁に描かれたグレンダイザーの絵(佐野荘一先輩:画)と共に、極めて想い出深い空間である。
もう一枚はプール脇から望む青雲寮。この道を、飛び交う野球部の長打やサッカー部のシュート、 陸上部のハンマーの恐怖に脅えながら何度行き来したことだろうか。今でも想い起こせば、 富嶽祭前の活気に満ち溢れた声や楽器の音が聞こえてくるようだ。

昭和54年頃のクラリネットのパート練習風景・・・。 女の園「CLA部屋」のブリリアントな雰囲気が醸し出されて・・・ 無いなぁ。全然・・・。

こちらも同時期の練習風景。トランペット、ユーフォ・チューバ、パーカッション・・・。 パーカッションのパート練習は、何をやってるのか意味不明。 これ全部実在の人物がモデルですけど、どれが誰だか分かりますか?

昭和54年、甲子園出場の時の野球応援風景。 甲子園球場へは最寄りの駐車場から約1キロも炎天下の中を歩き、 とにかく暑くて、だるくて、つらい記憶しかありません。 “パー・カス・チョン”のメンバーが持っているのは、 なんと黄色い自転車さんのHNの由来となった事件の、 超高級スネアドラムではありませんかっっ!!

これも野球応援の風景。当時「富士高フィーバー」と呼ばれた空前の馬鹿騒ぎは、 数千人の大応援団と150名のブラスバンドで組織され、 凄まじい大音響となって全国放映の電波に乗った。 TV中継で観戦した人は、あまりに一方的な応援ぶりに驚いたという。
現地にいた我々には伺い知ることは出来ないが、聞いた話から察すると、 恐らくエスパルスサポーターの応援を超えるレベルにあったものと思われる・・・。 凄いね、そりゃー・・・。


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